2012年01月28日

続:こころ音プロジェクト

ここでもお知らせと お願いいたしましたJASRAC「こころ音プロジェクト」ですが
先日『北窓』/『さだめの椿』(作曲・船村徹先生)
『人生が映画なら』/『天草純情』(作曲・蔦将包先生)
そして、美川憲一さんの歌で 岩手県花巻を舞台に創りました『淡雪のひと』(作曲・水森英夫先生)
この5作品を 基金として提出いたしました。

また昨日は、これに加えまして、純烈さんが 現在がんばってらっしゃる新曲
『キサス・キサス・東京』/『ひとりじゃないから』(作曲・杉本真人先生)
の2曲も、作詞分の全権利を 基金に提出いたしました。
どうぞ 皆さま、聴いて歌ってください。その一回の使用料が 東日本復興のお役に立つのです。
純烈さんも『キサス・キサス・東京』『ひとりじゃないから』ドンドンゆきましょう!!
この『ひとりじゃないから』は 去年、宮城県気仙沼市階上(はしかみ)中学校の
卒業式で 梶原裕太くんが 答辞を読み上げるニュースを見まして
あまりの哀しさに 私は、立っていられなくなり
号泣しながら そばにあった新聞の折り込みチラシの裏に走り書きをしました。
その時のに、『M氏への便り』以来 何十年も仲良くしてもらってる
『吾亦紅』のマート先輩が 曲を付けたものです。
世界中の皆さま、どうか よろしくお願いいたしますね! きっとですよ!

  
Posted by Reiji Mizuki at 13:25

2012年01月27日

これが二度惚れ!三度惚れ!

そんなキャッチーな歌詞の出てくる作品が 誕生しました!!
次回は、東京タワーの上での 電話ミーティングや風景のお話を…
な〜んて お約束しましたけど、ごめんなさい!
それどころではありませんでした! 急遽レコーディングがあったのですよ。
一昨日 カラオケ録りをしまして、今日 歌入れです。






演歌界期待の新星菊池まどかさんの新曲です。
新星と言いましても、なんと浪曲では日本一の賞を 受賞されたほどの方ですから
凄い方なんですよ! ところがスタジオでお逢いしてビックリ!
まだ幼さの残るような 笑顔の可愛い女の子で
私の大好きな大阪弁で しゃべられるんですよ。しかも、彼女の所属事務所が
あの森昌子さんや石川さゆりさん、藤正樹さん達を
次々にスター街道へと送り出した、エネルギーの かたまりみたいな方
ホリプロダクションの 市村義文社長のゴールデンミュージックプロモーションなんです。
市村社長には、私が無名時代に原田ゆかりさんの『さだめ花』
香田晋さんの『うそつき』『女のいのち』などなどで
お礼の言葉もないほど お世話になったんです! 『うそつき』好きだったなぁ!!
今こそ、心をこめて ご恩返しを…と言いましても
私は 一生懸命に皆さまが喜んでくださるような詩を書くことしか出来ない
情けない人間ですから、一心不乱に綴らせて戴きました。
同郷で岡山県和気郡日生町(現在の備前市)出身の同級生岡千秋先生が
『大漁まつり』『ノラ猫三度笠』に続いて 素晴らしいメロディーを
また 大好きな池多孝春先生が、泣けてくるような見事なアレンジを
そして まどかさんが想いの伝わる歌で、しかも くっきりとした日本語で歌ってくれました。
新曲『ふたりの絆酒』は3月21日発売です。
お近くのCDショップで ご予約ください!! もちろんAmazonからも予約できますよ!
全国のカラオケ教室の先生方! 次のレッスン曲は
菊池まどかさんの『ふたりの絆酒』を必ず お願いいたしますね。
あまりに いい作品が誕生しましたので、嫌がる市村社長をつれこみまして
全員で、記念写真を撮りました。本当に楽しい一日でした!


  
Posted by Reiji Mizuki at 23:55

2012年01月25日

初昇り!東京タワー

昨日、タワー横のスタジオで レコーディングがありました。
中休憩の時間に、前から一度昇ってみたかった この東京タワーに
今ちゃんと一緒に行ってみたのです!
そしたら そこで何と! すッご〜い方から お電話が来て、作品の発注が!
この大御所さまには ホント! お世話になったり、ズッコケたり 想い出がいっぱい…
こんな高い処で 作品うちあわせは、生まれて初めて(笑)しかも、白い雪の残る東京!
きっと 大ヒット曲が誕生するんだろうな!! って予感。
そこで、タイトル決めて、東京湾を見ながら、1コーラス目を もう創りました。
今日、また午前中からレコーディングがあるので、タワーの上でのお話は この次ネ。
皆さま、雪が凍ってますから 足元に気をつけてください。 では 明日も元気にゆきましょう!!



追伸:今、深夜1時55分です! お風呂の前に昨夜の『歌謡コンサート』を見ました。
   よしみちゃんの『酒きずな』素晴らしかったですね。「天童! 日本一ッ!!」という
   お父さまの声が 聞こえてきそうな名唱! お見事だったですよね。
   パープル・シャドウズさんの『小さなスナック』
   あれは 17歳の時、金光学園の親友 村岡実と暮らしてた ちいさなアパートで
   あいつがギターを弾いて 俺が歌った想い出の一曲! 泣けて泣けて しかたありませんでした。
   次の曲が、いきなり44年後の『情熱のマリアッチ』だなんて…
   氷川きよしさん! NHKさ〜ん! 本当に ありがとうございました。  
Posted by Reiji Mizuki at 01:55

2012年01月24日

やっぱり泣いた『あの娘と野菊と渡し舟』

一昨日の、叶弦大先生のお弟子さんのレコーディングは 本当に感激でした。
まだ情報発信禁止になってますので 書くことは出来ませんが
もう 歌もルックスも最高です! また叶先生のメロディー、若草恵先生のアレンジが
鳥肌立つほど…というか 涙が出ましたね。
デビュー前から、マスコミで紹介されてる新人さんですので
レコーディング中も カメラや記者さんが、たくさん来られてて 大変でした!
解禁日が来たら 詳しくご紹介しますね。


さて、昨日は志賀大介先生が会長をなさってる日本音楽著作家連合の新年会のパーティーでした。
お忙しい方々ばかりなので 普段は なかなかお逢いできない あのお顔、このお顔…
お目にかかれて 話に花が咲きました。
大映レコードの頃のお知り合い、あのテレビ局の方々、
そして 石原裕次郎さんの復帰時の作品『霧の波止場町』のレコーディングでお世話になった
元 テイチクの重鎮高柳六郎先生、(こちらがご本家ですね! )
それから 私が水木れいじになりたての頃
本当にお世話になった『ラブユー東京』や『わたし祈ってます』など、
数々のヒット作品を作曲された 同郷の中川博之先生、
私が無名だったばっかりに、いっぱい素敵なメロディーを書いてくださったのに
世に出なかった名曲の数々…。
これらを 今こそリバイバルさせましょう! と固く握手を交わして参りました。
もっと もっと色々な方と お話したかったのですが
ラジオ番組のゲスト出演がありましたので、19時30分に
うしろ髪をひかれる思いで パーティー会場をあとにしました。

実は、妻がやらせて戴いてる「琴姫チャンネル」のゲストの方が
インフルエンザで 高熱を出されて(皆さまも ぜひ予防注射を忘れないで!)
来られなくなられたので ピンチヒッターです!
ラジオやテレビに出るのが嫌い(苦手)な私でも、こういう場合はやむを得ないです。
「水木れいじストーリー」として、今夜は
氷川きよしさん『あの娘と野菊と渡し舟』
奥村チヨさん『朝日をとめて』
山川豊さん『酒ごころ』
田川寿美さん『しゃくなげの雨』
水森かおりさん『北夜行』
この5曲と それぞれの作品や 想い出の人のエピソードをお話しましたが、
スタジオへ飛び込みで 心の準備も出来てませんでした。
氷川さんの『あの娘と野菊と渡し舟』で、故郷岡山をあとに 上京した時のこと、
父の生まれた町(当時は村)や、将来を決めた母校金光学園のことを思い出して
泣いて しゃべれなくなったところがあり、申し訳ありませんでした。


放送は 2月4日(土)夜8時〜FM世田谷ほかで、
インターネット放送は 一週間遅れです。ネット放送は24時間いつでもお聴きになれますが
いい歳して 泣いているので恥ずかしいです(笑)
スタジオを出ましたら、これですよ!! 雪・雪・雪…
国道246号線も、渋谷駅も、私の母校?(日本クラウンさん)も雪の中です。
偉そうに見えるから 助手席にしか乗ったことがないのですが
フロントガラスが割れないか? と恐くなるような雪でした。





おつかれさま〜ッ! って、女房が ハワイアン・コナコーヒーと
先日、花咲ゆき美ちゃんが送ってくれた 長イモをフライにしてくれました。
この長イモ、今までで一番美味しいです!!



そうそう、ゆき美ちゃんの新曲は『津軽リンゴ節』と『お立ち船』です。
今日 情報解禁となりました。津軽平野の四季を織りこんだ力作です。
作曲は瀬川瑛子さん他の師匠、新井利昌先生です。
ゆき美ちゃん! 風邪ひくなよ! 皆さん宜しくお願いいたします。
さあ、明日のレコーディング 無事に車走れるかな? それより新幹線は??
叶先生! 気をつけていらしてくださいね!!

追伸:このブログのために 今ちゃんがパソコンをつけたら
   凄ッごい方からメールが…! 大恩人の おひとり、昔ワーナー・パイオニア時代に
   もう言葉では いいつくせないほどお世話になった 加藤要さん! からメールが…
   フォーク・ユニット「19」や、小林幸子さんを あの『おもいで酒』でスターにし
   今は、株式会社マザー・ミュージックディレクションの取締役!
   そんで、30年前の年賀状の あの紋付き袴姿の私を見て「葛原くん! 落語家デビュー!」と
   一番大笑いした(お逢いしたかった)要さんから…
   要さんの お話は、また今度! 朝が来ちゃいます!!  
Posted by Reiji Mizuki at 02:21

2012年01月21日

雪!

ゆッき(雪)でした あなたのあとを なんとなく…なんて、雪が降ると
吉田拓郎さんの ELEC RECORDS時代のアルバムの中の『雪』を聴いたり歌ったりします。
なんせ拓郎さんは、私にとっては “俺たち青春のバイブル”ですからね!
あと歌うのはAdamoさんの『雪が降る』です。
自分の作品にも“雪”がつくのは多いですが、挙げるとしたら
竹川美子ちゃんの『雪の十日町』と、大黒裕貴ちゃんの『日本海は雪ですか』ですね。
この2曲はカラオケ大会でも たくさんの人たちに歌って頂き、根強い人気があるのですが
特に『日本海は雪ですか』は優勝や最優秀歌唱賞に 挑戦される方たちには必修曲で、
審査員として伺うと、北海道から沖縄まで 全国の人々から
「あんなに歌が上手で可愛いのに、裕貴ちゃんは どうして引退したの?」とか
「東京に帰られたら、絶対がんばってね!って伝えてあげて」とか 頼まれるのですが
なぜシンガーソングライターに転向したのか? 今どこで暮らしているのかさえ知らないんです。
私も 何百人もの方々の『日本海は雪ですか』を聴かせて戴きましたが
未だにあの子の『日本海は雪ですか』を 越えた歌唱は、聴いたことがありません。
モニター画面いっぱいにして 聴いてみてください。泣けませんか? 15歳の美和ッチです!
きっと、あの子は 天才だったんでしょうね! 皆さんは どう思われますか?
ただ、あの子も私と同じで 一途で頑固で 言い出したらきかないところがあるので、
「我が道を行く!」っていう生き方を 貫いているのではないでしょうか?
時々ライブもやってるみたいなので、どんな曲を歌ってるのか聴いてみたいし
今度、ブーケでも持って 今ちゃんと行ってみましょうかね。
『日本海は雪ですか』も、本当に たくさんの方々に歌って頂く作品なので
JASRACの“こころ音プロジェクト”に 拠出しようかなァ…!
まあ、こんな寒い時は あたたかい物を食べて 熱いお風呂が一番です!!
おもては雪から霙になってるし、外食はやめて 自分でうどんを作ってみました。



なんせ15才の時から ひとり暮らしでしたから こんなのは10分で作れます!
そのかわり 雑ですけど素材はいいですよ! 七味も京都のやつ
九条ネギは ハサミで切り、他の野菜は 手でちぎって、鍋に投げ込んで終わりです。
仕事机の上で、はい ごちそうさまでした〜ッ!
満腹での風呂は いいなァ! 今日は ラベンダー&グレープフルーツの精油入りです。
大声で 安岡力也さんのシャープ・フォークス時代の『遠い渚』『海へ帰ろう』を歌って
ストレス発散です。あゝ 極楽! 極楽です〜ぅ!
でも、湯船で大の字になって 左足の向こう脛の傷跡を見ると
やっぱ ちょっと落ち込む、中学のバレーボール部時代の苦い想い出があります。
現在なら立派な犯罪ですよね! NHKさんの9時のニュースで特番 組んでくださるような
まぁ、幼稚園の頃から イジメのターゲットにされてたから
殴られたり蹴られたりは、別に どうってことなかったですけど
練習という名のシゴキや、プレーミスの体罰は 凄まじかったですね!
どうしたって、中学一年生なのに 私は身長が135cmしかなかったですし
背の高い3年生とか 3人ぐらいに押さえ込まれると勝ち目はなかったです。
だいいち、部室自体が 校庭のすみっこなんで 喚いても教員室や教室まで届きもしないんです。


でも、守ってくれた友達や先輩には倍返し、やってくれたヤツには3倍返し!
これだけは 必ずやりましたよ。たとえ相手が先生でも やり返したものですから
学校に来られなくなって辞表を出した 若い先生もいました。これ中3の時の話です(笑)
あとは、高校の卒業式の日に ○○を教えていた先生を 校庭に呼び出して
池の中に つき落としてから 清々して校門を出ました。
だから、この業界に向いてたのかも知れません。
あの人が恐い! とか、この会社が恐い! とか、言う人もいらっしゃいますが
私的には 偉業を成し遂げられた方って 本当にスゲ〜なぁ!! 心から尊敬するばかりです。
ただ 一年ほど前、大恩のある方に うっかり ご無礼した時だけは
死んでお詫びしようか…と本気で思い悩んだ事がありました。
そんな時でも、好きな音楽を聴きながら外を歩くと パッと気持ちが変わるから不思議ですね!
12、13、14歳(じゅうよん)と 私の人生暗かった…
そうだ! 藤圭子さんの『圭子の夢は夜ひらく』を聴きながらウォーキングして
今夜も、おいら がんばるぞ! 皆さん、寒い夜こそ 歌を聴いて元気でゆきましょう。

追伸:iPodの『圭子の夢は夜ひらく』の 次の曲は『命預けます』でしたが、この詩 凄いですね。
   曽根幸明先生! 奥さまの喜代美さん! お変わりないですか?
   喜代美さんの『涙のサンバ』も よく聴いてますよ。
   あッ もう圭子さんの歌の中でも大好きな『盛り場数え歌』に なっちゃった!  
Posted by Reiji Mizuki at 23:58

2012年01月19日

ごめんなさ〜い!

今朝、あれからウォーキングをして 筋トレやって
スカイガーデンに上がって 軽くストレッチ、『おんなの山河』を聴いて
部屋に戻りましたら 10時近くなってました。
さすがに ちょっとフラついて、マッサージ・チェアーで仮眠…
仮眠のつもりが 気がついたら昼の3時(ギョッ!)じゃないですか!
3時15分の締め切りがあったんです! 15分送れて書き上げましたけど
愛しの I プロデューサーは もう会社を出られた後…
あゝ また今ちゃんが怒られる。身代わりにドヤされる。ほんまに くぅ〜ッ!ですわ。
「お代官さま、この罪は吾人に ごじゃります!責めるなら吾人を、吾人を なにとぞ〜っ!」
と まあ急いで清書して FAXしてたら、アポなしの お客さまです。
そのお客さまが「まあ見てごらん!」と iPadで昔なじみの人のブログを見せるのです!
えッ! ヨダレが出そうな 美味そうなラーメンが…!!


ラーメンと言えば 都立大学の家のそばの「いっせいらーめん」
和風チャーシューめんしかないじゃないですか!
今から地下鉄飛び乗って 食べに行って参ります!!
昨日の「チビッコのど自慢のよしみちゃん」「西田佐知子さん」「いしだあゆみさん」の写真に
ビックリされたって いっぱいお電話戴きましたけど、
大切なものは(人も)一生 だいじにする主義なんです。主義というか体質ですね(笑)
我が母校金光学園の訓辞が「人をたいせつに! 自分をたいせつに! 物をたいせつに!」ですからね。
鉄は熱いうちに 打たれといて、本当によかった!!
おまけに直樹という名前どうり 一本気で、超 超一途!
嫌いなものは 殺されても好きになれない!
うけた情けは 倍返し! 一生忘れられません。
何でここまでやるんだろう!? と 我ながら呆れたり疲れちゃったりして
直樹って名付けた父を うらんだことも(笑)ありましたが
無駄な抵抗やめて、この性格 もう自分でも あきらめてますぅ〜。
無理したって、私は私でしかないんですものね(大爆笑)
ホントは、一昨日書くはずだった お礼状やお返事、それから残りの年賀状
和風チャーシューめんを 2杯食べて帰ったら、今夜こそ徹夜しても全部片づけますからね!
睦っちゃ〜ん 遅れてゴメンね! 芳っちゃ〜ん『あの娘と野菊…』のCD送るから
覚えて歌ってよ! 本当に皆さん、色々遅れて ごめんなさい!

追伸:さぁ今夜は Engelbert Humperdinckではなく
   藤圭子さんの『出世街道』『網走番外地』それから『兄弟仁義』なんか聴きながら
   日比谷線に揺られて 都立大まで行ってみようか!!
   あッ そうそう、圭子さんの『下町育ち』も初々しくて いいんだなぁ…
   19か20歳くらいの頃に レコーディングした声なんだってさ。  
Posted by Reiji Mizuki at 23:02

2012年01月19日

夢を見てるのでしょうか?

私にしてみれば 毎日、宝くじの一等賞が当たったようなことばかり起こるので
もしかしたら、私は もう死んでいて、夢の世界にいるのかなァ…と思う 昨日今日です。
昨夜の天童よしみさんの40周年のコンサートも そうでした。
つい2~3日前の 新叶での一夜といい、金光学園中学 高校の懐友や先輩との再会だって
こんな事(偶然)は、どう願っても祈っても 一生叶う事ではないって
あきらめていた夢でした! そんな事があっての 今日のコンサートです。
天童よしみという 日本が世界に誇れる歌謡界の財産ボーカリストの
40周年記念曲『おんなの山河』を 書かせて戴けた、
この めぐり逢わせだけでも 神様に感謝の気持ちで いっぱいです!
だって、こんな頃(チビッコのど自慢 8歳)から 愛し続けてきた よしみちゃんなんですよ!


その よしみちゃんの 40年間の膨大なヒット曲の中から
選んで 選んで 選び抜かれた20曲余の中に
私が、生まれて初めて書いた演歌の作品『大阪そだち』が 入っていたのです!
あれは B面の歌だったのに…
あの歌があって、あの詩を よしみちゃんのお父さま(義行さん)が、誉めてくださって
「なぁ…水木はん、あんたは 着てるもんも 見た感じも、
 ジャニーズ系か Rock系の お人みたいやけど
 あんたの書いた演歌の詩には、ほんまに 心がある!!
 長い目ぇで見たらなぁ、ポップス書いてゆくよりは
 絶対 演歌書かはったほうが、ええ思うなぁ…
 東京へ帰らはったら 一回な、ゆぅ〜っくりと考えてみてください」
これでした! 31歳の私が 演歌の方向に道を決めたのは
なにも師匠が石本美由起先生だったから…という理由だけではないのです。
昨夜のコンサートは、オープニングの『珍島物語』から アンコールの『あんたの花道』まで
いつものコンサートとは よしみちゃんの心のこめ方も違ってましたけど
やっぱり40年前のデビュー曲、大学時代 京都の下宿屋の窓辺で聴いた名作『風が吹く』と、
義行さんの聴かれた最後のシングル『幸せはすぐそこに…』には 号泣してしまいました。
右隣にはJCM(文化放送)の茂木会長
真後には テレビ東京の大原潤三CPが座られてたので
作詩大賞の時のこと(笑)も あったし「今日は絶対 泣かんぞ!」と
あれほど決めてたのに、本当にダメでしたねぇ。恥ずかしい!

それで、よしみちゃんが「今日のお客さまの中には…」と
紹介のコーナーが あったんですよ。
私が自分の応援歌のひとつとして、いつも聴いている『出世街道』
ご本家畠山みどりさんに始まって、次から次へと日本を代表する歌い手さんや
女優さんたちが 客席から紹介され、ピンスポットを浴びられたのです。
私の大好きな『また君に恋してる』坂本冬美さんも来られてました。
そして そして、私の人生の歴史の中で西田佐知子さんの その次に好きになった人いしだあゆみさん
今もデビュー曲の『ネェ聞いてよママ』から シングル盤 LP盤、全部持ってま〜す。
それから着物美人歌手では 一番好きな、あの藤あや子さんも客席にいらしてたんですよ!
信じられますか? 創り話なんかじゃないんですよ!
私の仕事部屋の机の前に 写真飾ってある人たちの 本物を今日、この目で見たんですからね。
よしみちゃんご一家とのフォトフレームの隣には この写真が並んでいます。




もう この世で思い残すことはありません! と書いて
今日のブログを終われば 美しいのでしょうが、私 しぶといです!
もうすぐ夜明けですが 日課のウォーキングをして 筋トレもやって、身体を鍛えて
よしみちゃんの為にも、もっと もっといい詩を書いてさしあげなくては…
それでは、ひと汗流しに行ってまいりますね!  
Posted by Reiji Mizuki at 05:11

2012年01月18日

JASRAC「こころ音プロジェクト」について

私が 理事をさせて戴いてます、日本音楽著作権協会(JASRAC)の総会で
いつだったか都倉俊一会長が語りました。
「衣食足りて 文化を知る」と…
それは どういうことかと言いますと
ミャンマー連邦共和国の少女が、SMAPさんの 歌詞の意味を知りたいから
日本語学校へ行っているという お話でした。
ASEAN加盟国に著作権意識を根付かせたい! とも 都倉会長は熱く語られました。
音楽は力です! ものすごい力なんだと 私は思います。
JASRACでは現在「こころ音(ね)プロジェクト」という運動を 行っております。
それはJASRACの会員、信託者である作詞者、作曲者、音楽出版社が
指定した作品の著作権使用料を 東日本大震災復興支援基金「こころ音(ね)基金」として
お預かりし、東日本大震災の復興支援に役立てる取り組みです。
私 水木れいじも 、巨匠船村徹先生と創らせて戴いた
カラオケ・スタンダード曲(和製シャンソン)あの名曲『北窓』
カップリング曲『人生が映画(シネマ)なら』も含めて
全利用権を、本日付けで 基金に提出いたしました。

船村先生が今でも 若くして亡くなられた作詩家の高野公男先生との想い出を
とても大切にされているのと同じように
私の心の中にも青春時代を共に生きた 今は亡き親友がいるのです!!


村岡実クンと中学3年から転入した岡山県の金光学園は
のどかな田園風景の中にありました。
後ろに見えるのが 当時毎日通った校舎です。


15~17歳まで 村岡実クンと一緒に暮らしたアパートが
金光町にあります。できるかぎりの悪いことをしました!
酒、煙草、女の子 そして友情を知ったのも その時その場所です。
つぎの写真の3階の左の北向きの窓、あそこです!!!
あの窓の中で作詩家になる夢を見ながら あいつと笑い、あいつと泣いたのです。
あいつの死を知らされたのは 大学3年の春、桜の頃のことでした。


作詩家に憧れ 作詩家になる夢しかなかった、多感な17歳の冬…
そんな自分の青春時代を 思い出しながら綴った『北窓』
皆さまが 夜の盛り場で、また大会で 歌われるごとに
そして 大手音楽配信サイトでダウンロードしていただいても
それは震災復興の基金として お役に立つものです。
La Mon Amour…この『北窓』を歌って カラオケ大会で あなたも優勝を目指しましょう!
男性の方も 歌われてたんですね。新二郎さん! あなたの『北窓』も 基金として
東日本大震災の復興の お役に立つことでしょう。
ありがとうございます! 皆さま方の ご協力お願い申し上げます。

追伸:さあ、いよいよ天童よしみさんの40周年記念コンサートです!
   会場のどこかで、今は亡きお父さまの義行さんも 見守られてることと思います。
   皆さま 今日(18日)は、中野サンプラザで お逢いしましょう!  
Posted by Reiji Mizuki at 00:27

2012年01月15日

夢が叶う!新叶!!

我が敬愛なる叶弦大先生と、作品創りを ご一緒させて戴くことになり
沼津の叶先生宅を お訪ねしました。
先生の お顔を見るだけでも心が安らぐのに
その上、先生と ピアノの前で一緒に創らせて戴くと
細部の言葉選びも 丁寧に出来て、俄然 楽な上に
何故か不思議なくらい、詩がドンドン浮かんでくるので
いつもの3倍くらいのスピードで 作品が完成してしまいます。
あッという間に 作品創りは終わりまして
さあ待ちに待った 割烹旅館新叶でのお風呂と夕食です!!
新叶さんへ 泊めて戴くのは久しぶりです。
北から南まで 日本全国旅しますが、新叶さんの
ここまで行き届いてる!という おかみさん(長谷川貴世さん)の
お心くばりと、お花や花瓶の選び方、生け方、そして お料理や その素材の素晴らしさ!
これらの点で 私的には日本一の割烹旅館だと思っています。
ですから、前夜は ほとんど睡眠をとれてなかったにもかかわらず
叶先生が、お宅の方にお帰りになられてからも、私は大はしゃぎで
ご一緒した日本クラウンのピンちゃん(大喜田一人ディレクター)や
貴世ママ、そして私のマネージャーの今ちゃんと
深夜3時30分頃まで、大 大爆笑大会となりました。
貴世さん! 夜更かしさせちゃって 本当にごめんなさいね!
義母の問題(港区に住民票を移さなければ転院しなくてはならない)も
もうすっかり片付いたので、これからは友達を連れて
どんどん バンバン泊めて戴きに参りますからね!
それにしても、部屋や お廊下だけじゃなく
ご不浄の間の壁にも、このお花! ですよ。
あっぱれ「新叶」 日本一!です。(笑)




私にとりましては、何十年間に渡って どんな夢でも叶えてくださったから
叶弦大先生というペンネームなのかな〜?(笑)なんて
そんな気持で翌日(13日)沼津をあとにして
東京へ向かってましたら、あッ 何て綺麗で雄大な富士山!!
それで車を止めて 富士山をバックに記念写真を撮りました。
新年の夢が叶いますように!新叶さん頼みますよ(笑)近いうち必ず友達と来ますからネ!


で、3時には純烈さんの所属事務所社長の山田徳明さんが 家にいらっしゃるので
東名高速に入る前に、叶先生ご夫妻へお礼のご挨拶に 再びお宅まで伺って家路につきました。
何だか山田社長って、若き日の自分みたいで 可愛くってしかたないんですよね(笑)

さぁ、土曜日の午後は 待ってました! 休日です。
昨年の夏から ず〜っとず〜っと話したかった高校時代の友達、
睦ちゃんや 芳っちゃんに、心ゆくまで長電話して
あとは ウォーキング! 筋トレ! そんなことしてたら
父の遺品のダンボール箱が また2箱届きましたので
これを開けましたが、気がついたら眠りこけて整理もせず 今朝になっていました。

たまの日曜サンデーと言うのに(笑)今日は今日とて、午前中から お客さま。
お昼すぎ、3時にやっと解放されましたので
義母のところに 家内とふたりで 陣中見舞いに行ってまいりました。
今日も義母の お気に入りのティールームで
楽しいひとときを過ごしましたが、そこの店長でいらっしゃる
佐藤昌さんとも、ご一緒にまた またピース!です。
ホント、男の私が見ても 超カッコ良くって、お優しい方なので
母が大好きな人だっていうの(内緒)も 納得! です。


さあ明日は 待ちに待った高校時代の同級生安原弘展くん(株式会社ワコール代表取締役社長)と、
定金生馬くん(同じ3年2組 卒業アルバムでは隣に写ってるカヤバ・マックグレゴー株式会社
代表取締役社長)、みんな出世しちゃって、凄いなぁ!! まぶし過ぎるよ〜。全くぅ〜!
そして一年上の越智通勝先輩(エン・ジャパン株式会社代表取締役会長)との
四人での 夕食会です! 今からワクワクですぅ〜。
3時からの 日本コロムビアのディレクターさんとの打合せも
うわの空にならないよう…おいら がんばるぞ!

追伸:今日の感激! 佐藤昌さんのお店のトイレに 書かれてた言葉
   「ほほえみが 人を癒す
    優しい一言が 人を救う」
   まったく そのとおりだ! オイラ明日も これでいくぞ!!  
Posted by Reiji Mizuki at 23:12

2012年01月11日

あゝ感動!

一昨日でしたね、天童よしみさんのところから 帰宅しましたら
玄関に ダンボールの山です。ほとんどは皆さまからの贈りものですが
まだ昨年のお誕生日やクリスマスのプレゼントの お礼状も出せてませんね。
お仕事優先! と義母のための 急な(想定外)引越しで
この二ヶ月あまり、暗いうちに寝た日は 数日しかありませんでした。
そんな理由で、こんなにも遅れてしまいましたが、お礼状は 心をこめて
たとえ お忘れになられた頃になってしまっても、必ず、おひとり おひとりに
お出しする主義(笑)ですので、もうしばらく お許しくださいね!

それで、そのダンボールのうちの二箱は
高校時代の恩師の先生のお宅に 預かって戴いていた父の遺品でした。
ひとつ ひとつ箱から出しながら 父が手にした本、父が撮影した写真のネガ、
父が聴いてくれたかどうか解らない(洋楽派でしたから)けど、
両親?(きっと、おばあちゃんか 母ですね)が 買っててくれていたと思われる
私の初期の 売れなかった作品達(苦笑)のレコードがいっぱい…!
これらに語りかけながら、また 父のぬくもりを懐かしみながら
整理しているうちに、またしても徹夜になってしまい、そのまま昨日一日 がんばっちゃいました。
一睡もしなくても、詩を創る仕事は 好きで選んだ道なので 本当に楽しいのです。
そのかわり、昨夜は9時間も熟睡しました。
2日前の大阪 八尾でも、8時間も熟睡! と、このところ 超ラッキーが続いています。
父の遺品の多くは 写真家だっただけに、
そうなんです! 会社重役という肩書きは 伯父の事業のお手伝いをしてただけでした。
ほとんどが 写真やカメラ関係のものばかり
あとは、何かで戴いたらしい トロフィーとかブロンズ像でした。
私は15歳で家を出たものですから、そういえば父の書斎に なにげなく置かれてたなァ…とか
こうして 手にしてみれば、見覚えのあるものばかりでした。
父の友人、知人だった秋山庄太郎先生や、緑川洋一先生
それからVAN Jacket 社長の石津謙介さんの お兄さまでらっしゃる
良介おじちゃまの写真集も、一冊一冊 フェルトのぞうきんで拭いては
そこに直筆で記された「葛原茂樹(父の名前)君へ…」という文字を指でなぞりながら
父の面影を、そして父の生涯を偲びました。
良介おじちゃまのお宅は、私の実家から歩いて3〜4分ぐらいのところでしたので
ちいさな頃はよく遊んでもらったものです。
特に 洋一おじちゃまとは想い出がいっぱいで、邑久町の“緑山荘”という別荘や、
おじちゃまの家(歯医者さん)にも、しょっちゅう遊びに行きました。
あの時代でも、虫歯にならないように 歯を綺麗にしてくれましたし
藤原啓さん作の備前焼の花瓶を 砂遊びに使って割った時も、怒るどころか
「指を切ったりしてないか?」と 青い顔して心配して 私のちいさな手を見てくれました。
お子さんがいらっしゃるのに、私が18歳くらいまで「養子にに来い!」と 本気で言われたものです。
私は おじちゃま家の、洋間の応接室の 出窓から見える葡萄棚が大好きで
いつまでも見上げてて「あれが食べたい!」と言ってたそうです。
「家のお庭にも 同じの創ってよ!」と だだをこねて 父をこまらせて
結局、7才のお誕生日プレゼントに 創ってもらったそうなんです(苦笑)



私なんか比べものにならないほど、優しくて お人好しで
あだ名は「仏の葛原先生」でした。
父もやっぱり 私と同じで有名になりたいとか、お金を稼ぎたいとか
そんな気持の かけらも無い純粋な人でした。欲が無いのも よく似てます。
ですから、写真集や個展なんかの話も ほとんどお断りしてたみたいで
私が知ってる 父の著作もこれ一冊くらいです。
この本を出したのも 単純に竹久夢二先生と『宵待草』の歌が好きだったからだって言ってました。
そんなこんなで 父の遺品も綺麗になって、もう私の部屋にあります。
いつも私を見守ってくれてるみたいで 嬉しくてしかたないです!!
今朝も「おはよう!」と言って 飛び起きて
父が一番好きだった映画主題歌『男と女』をEngelbert Humperdinck版で iPodで聴きながら
テラスの植物たちに 水やりをして、作品創りをがんばりました。

そんでもって午後からは作詩家協会で、ちょっと むずかしい会議がありました。
でも大丈夫!そんな時はスカイガーデンに昇って、5分 この夜景を見ると もう気分爽快です。



「お父ちゃん! ほら あれが東京タワーだよ!」とか、語りかけつつ
ここで聴く、よしみちゃんの『おんなの山河』は最高でした!  
Posted by Reiji Mizuki at 02:38

2012年01月09日

ただいま!帰りました!!

一昨日(7日)、天童よしみさんのファンクラブの方たちの新年会に お招き戴いて
去年日本レコード大賞の作曲賞を『ふたりの船唄』で受賞された若草恵先生と ご一緒に
大阪城のすぐそばの名門太閤園に行ってまいりました。
一年ぶりにお逢いする方、コンサートで しょっちゅうお逢いする方、
とにかく、天童家の皆さまや ファンの方たちに囲まれて
元気とやる気を いっぱいプレゼントされました!
実は、朝の9時30分まで徹夜で
我が敬愛なる叶弦大先生のメロディーに 詩をはめ込む仕事に夢中になりまして
そのまま一睡もしないで 大阪へ向かいましたが、疲れなんかブッ飛んでしまう熱気でした。


天童さんの40周年記念曲『おんなの山河』(よしみちゃん人形付き)を、私 101枚予約しました!
この101枚というのは、よしみちゃんの おばあさま
小阪ユクさんが 今年めでたく101才になられましたので
それに ちなんで昨年から、決めていたのです!
今回の『おんなの山河』は 若草恵先生のメロディーも素晴らしいし
もちろん、よしみちゃんの歌唱も 抜群のあがりですので
毎日のように、我が家に遊びにいらっしゃる お客さま達に
お土産に差し上げたとしても、101枚なんて あっという間に なくなることでしょう。
そう言えば昔、すごい大スター歌手の詩を書いた時 全国の友人たちに
「ついに俺 やったぜ! 聴いてよ」と 何枚か買って、送ったんですが
「こんな性格が悪いくせに、どうだ!上手いだろう!と これみよがしの嫌な顔して歌ってる
 もう終わった(過去の)歌手のCDなんて 見たくも聴きたくもねえヨ!!」と
送り返されて来て、深く傷ついたことがありました。
その点、よしみちゃんは 歌も人柄も最高ですから
普段は演歌を全く聴かないという 私の多くの友達の間でも超人気です。
そう、天童よしみさん 氷川きよしさん 藤あや子さん
この お三方は、不思議に愛されて応援されてます。
氷川さんも2月には、なかにし礼先生作詩 平尾昌晃先生作曲の『櫻』という新曲を出されますが
この作品も どうぞ皆さま、今まで以上に応援してさしあげてくださいね。

それで、話は戻りますが(笑)昨夜は 八尾に一泊いたしまして
念願だった ユクおばあちゃまに、お逢いしに伺ったのです。
お元気で 凛とされてて、感激したのですが
まるで自分のおばあちゃんと再会できたような 熱い思いがこみ上げて
気がついたら涙ぐんで おばあちゃまを抱きしめていました!




まだまだ お元気で、長生きをしてくださりそうに お見受けしましたので
長寿の秘訣を こっそり教えていただいて参りました。
それから、よしみちゃんのお父さまが植樹された、あの梅の木を見に、
天童さんご一家と龍華町東公園に行きました。
今年の冬は 寒さがきびしいせいか
まだ、ちいさな蕾をつけている…といった風情でしたが
樹の根元にある “幸せは すぐそこに…”というプレートのとおり
春はもうすぐだよ!と義行さんの声が聞こえてきそうな、素晴らしい昼さがりでした。
記念写真を撮っていましたら「あっ!天童よしみさんだ!」
と子供さん達が 歓声をあげて集まって来まして、
握手してください!と、あっという間に すごい人だかりです。
優しい天童さんが、ひとりひとりに お応えしてあげると
子供達は「一生 手を洗いません! 一生忘れません!」と感極まって
私たちの車が見えなくなるまで 全速力で走って追いかけてきてくれました。
何だか 私たちの方が、大感激してしまう嬉しいお正月でした。


あとは、最終新幹線ギリギリまで 天童ご一家の皆さまと楽しいひとときを過ごし
お父さまのご仏前に、お礼と これからの決意を報告して 我が家に帰ってまいりました。

お母さまの筆子さんの「梅の花には、まだ ちょっと早かったなァ…」という言葉を
ふと思い出しながら、六本木に着きましたら
な な なんと、我が家のゲートで待っていたのは それは見事な梅の花でした!


義行さん!あなたって人は本当に…!!
おいら また今夜から がんばるぞ!  
Posted by Reiji Mizuki at 07:21

2012年01月01日

明けましておめでとうございます!

皆さま、新年 明けましておめでとうございます。
昨年中は あたたかいご声援、お優しい激励を ありがとうございました。
人生って 本当に嬉しいものですね!!
今年も、心あらたに作詩道に 精進してまいりますので
どうぞ どうぞ未熟な私を お見守りください。
そして“水木作品”に 旧倍のお力添えをくださいますよう
よろしくお願い申し上げます!
今年は “水木れいじ”誕生30年という節目に因んで
懐かしい あの年の年賀状の復刻版を
1000枚印刷いたしました。ですが
お届けすることが出来なかった方のために こちらにUPしてもらいました。
“30年前の水木れいじ”で どうぞ初笑いなさってくださいね。


皆さま方にとられましても お健やかで幸多き年でありますよう
心をこめて お祈り申し上げております。

                     2012年 元旦 水木れいじ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

明けましておめでとうございます。
今年も 水木れいじ及び、水木作品を宜しくお願い申し上げます。
昭和55年『雨の慕情』という作品で 日本レコード大賞を受賞されました
作曲家 浜圭介先生のご命名で “水木れいじ”は誕生しました。
当時、その事を 水木の親代わりでいらした 週刊明星の恒村嗣郎さん
音楽評論家(日本レコード大賞の創設者の一人)の 平井堅さん
そして 月刊平凡の斉藤茂さん ご三方が祝福し、非常に喜ばれ
それまで、この業界入りに猛反対だった 水木の親族たちを説得してくださり
内々でお祝いの会を やったそうで、年賀状の写真は その時のものです。
水木本人は モノクロ・ネガと思っていたみたいですが
写真館のほうに カラー版の保存がございました。


私から水木ファンの皆さまへ 感謝の気持ちをこめて、掲載いたします。
重ねて、水木れいじ作品を 本年も宜しくお願い申し上げます。
   
                      水木れいじマネージャーより  
Posted by Reiji Mizuki at 00:00

2011年12月31日

今年もありがとうございました!

皆さま!今年一年、本当にお世話になりました。ありがとうございます!!
今年は世界中が、大変な年でしたね。特に日本は 国の歴史に
消し去ることができないほどの大きな傷跡を残す 哀しい年でしたよね。
未だに復興していない場所、痛みの薄れない多くの方がいらっしゃることを
一日たりとも忘れたことはありません。忘れられるようなことではないですよ!
立ち直られる時が 一日も早く訪れますよう、心から祈り続けています。
この世に生まれて 今日まで生きてきて、あの3月11日以降、
自分の無力さに ここまで絶望し、情けなく、つらかったことはありません。
被災地で、泥にまみれた小さな運動靴や 赤いランドセルを見たとき
「私は60年も生きて来させて戴いて もう充分なんです!
 なんで、この子たちを 連れ去ったのですか?
 神さま! 何を基準に、生き残る者と 命を奪われる者を選ばれたのですか!」と
哀しみを通り越して、怒りに全身が震え 立っていられませんでした。
あの日以来 暫くは、流行歌など書く意味がわからなくなって
自分の生きている意味さえも 見失いかけた時期も長かった一年でした。
でも、やっぱり立ち直らせてくださったのは、元気をくださったのは、皆さまでした!
天童よしみさんの『ふたりの船唄』の「群れにはぐれた鴎でも…生きるのね」という歌詞で
自殺を思いとどまった!と おっしゃってくださった被災者の方。
そして、遠く故郷・相馬を 離れて暮らしていても
氷川きよしさんの『あの娘と野菊と渡し舟』を歌いながら 帰郷できる日を信じて
毎日がんばってます! と おっしゃってくださる お父さん お母さん方。
そんなお葉書やお手紙が ダンボール箱2個に いっぱいです! あとメールやお電話も…。

今年ほど “歌の力”を 思い知らされ、噛みしめた年はありません。
永六輔先生の『見上げてごらん夜の星を』岩谷時子先生の『夜明けのうた』を
何度、東京の星空を見上げて 泣きながら歌ったことでしょう!
“歌”って素晴らしい! 作詩家になって良かった! 生まれてきた理由は これだったんだ!
もう皆さまに ご恩返しするのは、皆さまの心に届く詩を創ることしかないんだ!
あらためて そう心に刻むことのできた かけがえのない一年でした。
皆さまから、私は元気と勇気を戴き こうして あたりまえのように年越しをさせて戴けています。
本当に、ありがとうございました! では皆さま 良いお年をお迎えくださいね!!



追伸:今日は あたたかいので、これから短パンに着替え 大掃除です。
   それから、「第62回 NHK紅白歌合戦」の皆さまの熱唱に大泣きすることでしょう!  
Posted by Reiji Mizuki at 17:20

2011年12月30日

天童よしみさん あのVサインの理由は…

お答えするのに たいへん長らくお待たせいたしました。
天童よしみさんが 現在大ヒット中の『ふたりの船唄』の歌最後になさるVサインについて
本当にたくさん ご質問くださいましたね!


天童さんのお父さま 吉田義行さんがこの世を去られたのは、2008年3月7日です。
その時、よしみちゃんは 大阪・新歌舞伎座での座長公演中でした。
お父さまの病室から劇場へ向かうときに これが最後になるかも…と思いつつも
「お父さん 行ってくるね!」と、さりげなく微笑みながら いつものVサインをしたそうです。
それが永遠のお別れになったそうです。歌手になったら親の死に目にあえないことも
よしみちゃんは、幼い子供の頃から覚悟してたと言いますが
その永訣のシーンを想い描くと そのたびに私は胸が熱くなり涙があふれます。
感動の実話ですね!!
だから作詩大賞の時も、お父さんに代わってVサインで応えた私でした。
やっと お話できましたね。お話しできる機会を ず〜っと探しておりました。
今夜のTBSテレビ「第53回 輝く!日本レコード大賞 |」作曲賞でも
天童よしみさんは あのVサインを見せてくれるでしょうか?!
氷川きよしさんも『情熱のマリアッチ』で 優秀作品賞に選ばれましたよね!
おめでとうございます! そして ありがとうございます!

あと、作詩大賞の時の 私の衣装についてご質問 いっぱいお寄せ頂きましたね。
あの時もDOLCE & GABBANAでした。毎回新宿・高島屋さんで購入します。
担当は Shopの戸部威之さんです。襟に付けていた ダイヤのピアスの秘話は来年にでも…。
ヘアーは 六本木のメイ・ウシヤマ先生の、ハリウッド美容室でして
担当は山田秋奈さんという 素敵なスタイリストさんです。
お店の “ロクちゃん”というワンちゃんも とっても可愛いですよ!!


それでは、皆さま
明日の「第62回 NHK紅白歌合戦」、氷川きよしさんの『情熱のマリアッチ』と
天童よしみさんの『愛燦燦』、歌と衣装をお楽しみに! 他の歌い手の皆さんにも 熱いエールをネ!
そして、幸多き新年を お迎えくださいますよう!

                     水木れいじより 2011年の感謝と愛をこめて…  
Posted by Reiji Mizuki at 05:17

2011年12月30日

今年一番感激したことは…

東京タワーの電飾も “2011”のカウントダウンが始まりました。
皆さまは、どんな一年を過ごされたのでしょうか?



私は、義母のために急遽 引越しなどいたしましたり
激動の一年でしたが、あたたかい皆さま方の お力添えのおかげで
素晴らしい一年を 送らせて戴けました。
本当にありがたく、感謝の思いが 胸いっぱいにあふれます。
そんな中で 一番感激した事といいますと…
それは、平成6年1月から17年間暮らした 都立大学(目黒区)のほうの自宅を
先週、女房とふたりで 見に行った時のことです。

あちらは 柿の木坂のふもとの 閑静な住宅街でして
最上階のペントハウスという 私のお気に入りの家でした。
住んでらっしゃる方たちも、皆さん いい方たちばかり
同じタイプの階違いのお家には、大 大好きな『オリビアを聴きながら』や
『春の予感』『マイ・ピュア・レディ』など…でおなじみの
シンガーソング・ライターでらっしゃる尾崎亜美さんご夫妻もお住まいで
亜美さんのお母さま(創作袋物作家の尾崎暁美さん)も、上品でお優しくって 大好きでした。
ヤング・エグゼクティブの とあるご夫婦が
来年1月から、ぜひ貸して欲しいと おっしゃるので
急ピッチで内装工事を進め、出来上がりをチェックするために行ってまいりました。
床もリクエスト頂いた ライトブラウンのフローリングに替えてさし上げたせいか
17年暮らした 想い出の我が家とは、ずいぶん印象が変わりました。
ふりそそぐ陽ざしの中で、17年間の想い出が
走馬灯みたいによみがえり、まるで映画のように 心を通りぬけてゆきました。
私の生涯で、一番つらく哀しかったことがあったのも ここでした。
現在の 福島県の原発の風評と同じような風評を 同業者の人によって流され、
私は仕事も信頼も すべて無くしかけ、妻とたったふたりで
3年間にも及ぶ裁判(名誉毀損と誣告罪で相手を告訴)のために
弁護士の先生のところや 裁判所へ通ったのも、この玄関でした。
折しも、当時 私の母の弟(伯父)は阪神淡路大震災で
一番火災被害の大きかった 神戸市長田区の区長に就任中で、
23,803棟の家屋が全半壊した 区の立て直しに奔走中でした。
また同じく 私の義従弟にあたるレーサーの服部茂章は フォーミュラ・トヨタから
F3を経て、インディ・ライツで 日本人初の勝利をあげた年でした。
ご存知のように、私の一族は映画界以外でも 多岐にわたって
それぞれが がんばってる家系ですので
期せずして 私にふりかかったあの事件は “一族の恥”とされ、
私たち夫婦は 親族からもたいへんな攻撃をあびました。
「民事裁判だけでなく 断固、刑事告訴までやって一族にかけた不名誉を晴らせ!」
「直樹を一刻も早く 陰湿な演歌業界から足を洗わせろ!」と カミさんは責めたてられ
結果、心労から身体をこわしてしまい 一ヶ月以上の入院生活も余儀なくされました。
本当につらくて、経験した人間にしか解らないような 慟哭に値する出来事でした。
そして それから、我が人生で 一番嬉しかった『ときめきのルンバ』で
念願の日本作詩大賞(第42回)を戴いたのも この家でした。
テレビ東京から帰宅する私を 妻はここに立って待っていました。
「本当に良かったね!あの哀しかった日々の傷も これでみんな消えてくわ!!」と
しっかりと抱擁しあって うれし泣きしたのも、この玄関です。
このちいさな大理石の玄関、そして17年の歳月を過ごしたこの家には
私たち夫婦の あの日あの時の、想い出がいっぱい塗りこめられています。
来年一月から、ここで暮らされる ご夫妻には
どうか どうか幸せなことが、たくさん待ってますように! と
涙して ふたりで祈りながら六本木へ戻りました。




仕事部屋の整理と、新作創りに明け暮れそうな 2011年の年の瀬ですが
皆さま! 本当に 本当に 本当にありがとうございました!
来年は 水木れいじ30周年の嬉しい節目の年です。
ますます がんばりますから、ご期待くださいますよう…
では、良いお年をお迎えくださいね!!
                             感謝合掌  
Posted by Reiji Mizuki at 01:25

2011年12月25日

皆さま 素敵なクリスマスでしたか?

今年は3月11日の東日本大震災や 9月5日の台風12号による豪雨と
日本中が、かつて経験したことのないような
大災害に見舞われて、これまで何の疑問もなく
“あたりまえ”と思っていた日常が あたりまえでなくなり
考えたこともないような現実を 認めなくてはならない哀しい一年でした。
被害のニュースを観るたびに、テレビの前に立ちすくみ
ただ泣き崩れ、ただ祈るしかない自分の無力さを
思い知らされた…そんな一年でした。
ミネラルウォーターもティッシュペーパーも 全国の店頭から消えてしまい
特に乾電池、そうです単一の…あれをとにかく100個
何としても集めて、釜石に車で救援に向かう
今ちゃんのお父さんに 渡さなくてはと、
私も、作詩の仕事どころではありませんでした。
Yahoo!のオークションでしか 手に入れる方法がありませんでしたが
良心的に譲ってくださった方、他人の不幸につけこんで
ここまで高値をつけるのか…と淋しい気持にさせた方、
今となっては、とりあえず最初は そんな事しか出来なかった自分自身の
人生観、そして価値観が 全く変わってしまった…そんな一年だった気がします。
今ちゃんのお父さんから 釜石の様子を聞きましたが
テレビ報道は、惨劇のほんの一部に過ぎず
現実は、写真に撮ることさえためらわれた…という
そんな悲惨過ぎる状況だったそうです。

今日の日曜日も こうして、南麻布の義母のところに陣中見舞いに行けること
そして帰りには、広尾の お気に入りの t.et Cafe
女房とディナーできること、それはあたりまえの事ではなく
言葉では尽くせない ありがたい幸せのギフトであること
そんな思いを 噛みしめながらの夕食でした。



つめたい風さえも 生きていることの実感と、感謝の気持ちで
仙台坂を散歩しながら 女房とふたりで帰って来ましたが、
家の前は観光バスも止まってて、人…人…人で通れません。
東京タワーも また昨夜とは色彩を変えて X'mas 特別バージョンです。


裏口のほうから帰宅しましたが、ここも表と変わらず 警備に警察官の方たちが来られるほど
たくさんの人たちで にぎわってました。でも、やっぱり素敵なクリスマスでしたねぇ〜!
私の部屋のテラスの真下の 麻布ルーテル教会の十字架も
東のエントランスから見ると、まるで映画のセットみたいです。
家の東入口のブリッジにある トナカイとサンタさんの電飾




いったい今年の冬、何万人の人たちを お迎えしたんでしょうね。
何万組の恋人たちの瞳に、素敵なキラメキを 刻んだのでしょうか?
私もそんな詩を いっぱい創りますからね! それしか私に出来ることはありません。
『あの娘と野菊と渡し舟』『ふたりの船唄』『情熱のマリアッチ』『灯』『しあわせの花』 etc.…
皆さま、本当に今年も いっぱい いっぱいお世話になり ありがとうございました。
明日は 日本クラウンさんのレコーディングです。
さあ、またひとがんばりするぞ! 皆さまも、どうぞ お風邪など召されませんように!!  
Posted by Reiji Mizuki at 23:59

2011年12月25日

Happy X'mas!

今日(Christmas Eve)は、午後から ひさしぶりに自分の時間を持つことができて嬉しかったです。
先月の私の お誕生日のプレゼントから、引っ越しのお祝いまで
お友達や先輩の皆さまから頂いた ご厚情へのお礼状、3分の1ほど書くことができました。
こちらの家での初めてのクリスマス、 夕方 仏さまの お花を買いに
六本木の交差点のフラワーショップまで行こうと エントランスを出ましたら
もう家の前の舗道は、ラッシュの電車の中みたいで 身動きがとれません。歩けないのです。
ヒルズでイヴを過ごされる ご家族連れや恋人たち(羨ましいなぁ〜)で いっぱい。
いつもなら5分で行けるのに 今日は抜け道を通っても 20分はかかり
お花をかばって 帰りは40分以上かかりました、警備の警察官の方もたくさん来られてましたね。

電飾も消えて 今(25日)、お礼状をポストに投函し 日課のウォーキングに行きましたが
昼間と同じ場所とは思えないくらい静か…と言うか 静寂そのもです! いいなぁ〜!
しかも、な なんと東京タワーもX'mas バージョンで ハートが灯っています。
一年半あまり義母のことで 仕事に専念できませんでしたが
今回の引っ越しで もう大丈夫。今ちゃんも戻って来てくれたので “鬼に金棒”
いいえ“頬に微笑”です。そうだ! 今日X'mas は今ちゃんの誕生日でした!
来年からは、より一層 心をこめて詩を綴り、歌創りの仲間たちと力を合わせて
もっと もっと素敵な作品で 皆さまに喜んで頂けるよう精進いたします!
約束のしるしに 感謝の気持ちをこめて、今夜の夜景をお届けしましょうね。
本当に 本当に 本当に皆さま、ありがとうございます!!



追伸:奈良の生田様はじめ たくさんのクリスマスカードやメールをありがとうございます。
   今のところメールは 水木は苦手なもので、やっておりませんが
   必ずプリントアウトして本人に見せますので ご安心くださいませ。
   お知らせくださったことに 感謝いたしております!
   川中美幸さんの『木曽川しぐれ』のCDのボーナストラックとして
   松本礼児先生 作詞の『おんな花』が入っているんですね!
   ぜひ聴いてさしあげて 歌ってあげてくださいね。
   メリークリスマス…はい、今日が誕生日のマネージャーでした。  
Posted by Reiji Mizuki at 03:01

2011年12月22日

正さんを見送って、一夜開けて…

昨日は 正さんをお見送りして、暁星の聖堂からの帰路
あまりに哀しくて、くやしくて、いたたまれない気持ちでいましたら
偶然、南麻布を通るルートで 走ってくれてましたので
車を止めてもらい、喪服のままでしたけれど
義母のところへ寄って、もう気のすむまで泣きました。
泣いて 泣いて 泣いて涙もかわいた頃に「正さんのぶんもがんばるのよ!」って
義母が言ってくれましたので、少し普通の顔に戻りました。
義母も亡くなった義父も 敬虚なクリスチャンでして
養父はクリスチャンネームを“アントニオ”と言いました。


どうしたって 私も元気顔にならなくては…というのは
昨夜は、日本クラウンの岡本ディレクターと
花咲ゆき美ちゃんが 来年発売する新曲の作戦会議を兼ねて
夕食に 家に来られる約束をしていたのです。
終電ぎりぎりまで、楽しいひとときを過ごすことができました。


本当に救われました。が、やはり今朝は いつもより淋しい目覚めでした。
朝、いつもはベッドから出て 15歳の時からの永遠の私のアイドル
エンゲルベルト・フンパーディンクさん(Engelbert Humperdinck)
『男と女』をiPodで聴きながら テラスのお花たちに 水をあげて 語りかけて一日が始まるのですが
今朝は曲順を変えて『ラストワルツ』から聴きました。
こんな哀しい 人とのお訣れが、この世にあっていいものなんでしょうか?
ただ… ただ哀しいという以外に この気持ちを表現できる言葉がない自分も哀しいです。
正さんの坊ちゃんが 涙をこらえながら、挨拶された時の
まだあどけなさの残る あのお顔が目に浮かんで『ラストワルツ』に
とめどなく涙があふれて また泣きたいだけ泣きました。
そして、テラスの真下にある 麻布ルーテル教会の屋上の十字架に、正さんの魂が
神のお導きで 安らかに天国に向かわれるよう、手をあわせてお祈りしました。

今日は 夕方5時から、私の恩人 日本クラウンの常務 曷川正光ご夫妻が遊びにいらっしゃいます。
正さんのことで ヘコんではいますけれど
明るい笑顔でお迎えして 私もがんばります! 皆さんも元気にがんばりましょうね!!

追伸:今夜は 家の隣のイタリアンレストラン“and”さんで
   曷川ご夫妻と 心ゆくまで語り、笑い、そして少し涙ぐんだり(私は)しながら
   夢のように楽しいひとときを 過ごしました。
   この人との出逢いがなければ “水木れいじ”は この世に存在しなかった!!
   人の縁って 不思議なものですね。運命ってもの あらためて感じましたね。

   
   思えば、一族や親に反抗したくて、15歳のとき 家風と正反対の演歌を志したんですよね!
   父が母に求婚するときに歌ったっていう パット・ブーンの『砂に書いたラブ・レター』なんか
   大嫌いだって(正さんは よく歌って聴かせてくれたネ)意地ばっか はって来たんでしょうね。
   水木れいじになって以来、生涯 封印するつもりでしたが
   正さんが逝ってしまって もう意地をはるなって、もうひとりの自分が自分に言います。
   もうひとりの自分とは、15歳までの 骨の髄まで洋楽少年だった直樹クンのことです。
   曷川ご夫妻をお見送りした後、カミさんにキーボードを弾いてもらい
   正さんと競い合いたかった My favourite songから 4曲、
   『Red Roses For A Blue Lady』『And I Love Her』『Moon River』『Yesterday』を
   お弔いの心をこめて 思いきり歌ったりしてみました。
   さぁ、明日は キング・レコードのプロデューサー
   渡邉曜介さんが 作品の打ち合わせに やって来るぞ!
   前に ご迷惑を かけた分、骨の髄まで演歌の水木に戻って 2倍はいい詩を書くからね!!  
Posted by Reiji Mizuki at 16:25

2011年12月22日

かけがえのない先輩とのお訣れ

今朝(正確には昨日)10時半、千代田区の 暁星高校内の聖堂で
若くして突然 この世を去られた先輩の芸術家
今福正さんを お見送りする会がありました。
名門の暁星らしく、あの白いマリア様の像がある聖堂で
カトリック修道会・マリア会の伝統に基く
正さんにふさわしい 美しいお別れの式典でした。
ご家族だけで見送りたいという会でしたから
業界からは 日本作詩家協会の会長でいらっしゃる
湯川れい子先生しか 聖堂には入られてなかったですが
神父さまのお導きびきで、純白の百合の花に囲まれた正さんのために
私も賛美歌を唄い、白いカーネーションをたむけて
お別れをしてまいりました。
正さんのことを、あえて芸術家と書いたのは
作詩家、レコードディレクター、カントリーシンガー、どれをとっても超一流で
音楽業界に来られる前は 上智大から日航に入られ
国際線のチーフパーサーだったという 本当にエリート中のエリートというか
とにかく かっこ良くって、純粋で、素敵で 優しい先輩でした。
正さんに仲良くしてもらえたことを、私は誇りに思って生きて来ました。
そもそもの出逢いは 1981年の8月、
まだ あった白金プリンスホテルのプールの会員になった日
泳ぎつかれて、赤坂の行きつけのスナックに 焼きそばを食べようと行った時。
正さんが、ご自分の作詩された 石野真子さんの
『ジュリーがライバル』をカラオケで歌われてたんですよね。
私もまだその時は 演歌ではなくポップス志向で
詩を書いていた頃でしたものね。
上京してから 初めてレコーディングされた私の作品
『なごり雪』のイルカさんが 作曲してくれた『恋するまで』が
正さんの『ジュリーがライバル』のアルバムに入っていたんだもの、
恐る恐る、ご挨拶をさせて戴かなくてはと
正さんのテーブルに お伺いしたんだよね。
「あの〜松本礼児先生でいらっしゃいますよね?」
と声をかけて(ちょっと恐そうな感じがしたから)直立不動になっちゃって
そしたら、すごく優しそうな瞳で 笑いかけてくださり
「君か〜ぁ 浜ちゃん(浜圭介先生)が 恐れ多くも オレと同じ名前を付けたっていう
 水木クンてのは! ふ〜ん 浜ちゃんが 手をやいてるって言ってたけど
 浜ちゃんの言うとおり 気が強そうなヤツだなぁ!」
「松本先生も あの松本零士先生と全く同じ名前だから、さすが人を見る目が おありですねぇ〜
 五黄の寅年に 親が生んじゃったんで、気が強いのは生まれつきなんで、ごめんなさい!」 
「まあ 能書きはいいから、挨拶がわりに、何か一曲歌ってみろ!!」って
マイクを無理矢理 渡すんだから、驚かせてやろうと思って、
「何を歌っても、びっくりしませんね?」
「しないよ! だから早く歌ってみろよ!!」で
私はやっちゃったんだよね『兄弟仁義』
モニターの歌詞を見ないで、正さんの瞳を 三番まで見つめながら…。
「その顔で、そのカッコで いい根性してるなぁ。いきなりびっくりさせんなよ!」と大笑い。
「やっぱ、ビックリしたでしょ!俺の勝ちですネ!!」
そんな出逢いで、急に仲良くなったんだよね。
あの頃は 毎晩呑み歩いていて、しかも
お気に入りの赤坂のスナックが 同じだったから
イヤでも 三日に一度は 逢っちゃって、お互い苦笑いばっか。
そのうち、俺のことも、しゃべっちゃいけない事は
殺されたって しゃべらない奴だって、解ってくれて
心を開いて、いろんな話を してくださるようになったんだよね。
こんな事まで話して聞かせてくださるんだ!と思うくらい
いろんなこと いっぱい いっぱい話してくださり、
私もホント いろんな事を聞いてもらいましたよね。
作詩家協会の理事として 来てくださった時も
一番喜んだのは私だったし。正さんも
「同じ名前で 気の強いおまえがいるから心強いよ!!」とおっしゃったじゃない。
またライブやって、酔っぱらって 本物のカントリーソングを
渋いノドで もう一度歌ってくれたら、
代官山の小川軒のRAISIN・WICHを持って 女房と聴きに行ったのに…
女房も 正さんの歌は本物だねって、大好きだったんだよ!
今日は、あの黒いハンカチ(八尾へ持ってった)が
また涙と鼻水で、まっ白になるくらい 泣きました。
くやしくて 哀しくて…。まだ信じていません。
正さんが、この世にいないなんて!
正さん、あなたは この生き馬の目を抜くような
音楽業界で生きぬいてゆくには、
あまりにも純粋で 繊細すぎたのです!
もう遅いよ!皆んなを こんなに泣かせて…!!  アーメン


追伸:ごめんね!正さん。今日の遺影も絶対 好きだった こだわりの この写真だったね。
   作詩家協会のホームページ創った あの日、暑い中 せっかく持ってきてくれたのに
   『これじゃぁ 胸が はだけ過ぎちゃってて、常務理事のとこには使えないよ!』って
   却下しちゃったこと、俺 悔やんでるよ!!あの時の写真、ここに載せとくからね。
   本当に 本当に ごめんね!  
Posted by Reiji Mizuki at 02:38

2011年12月17日

今日は冷や汗続きの一日でした

朝、起きられなくて…カミさんが 冷たいイチゴを口に押しこんで
「もう時間がないのよ!起きて!起きて!」と、揺り起こすのですが、
引越してから(想定外だったので)ほゞ毎日3~4時間の睡眠で
がんばって来たもので、累積疲労?とでもいうのでしょうか?
寝ぼけてしまって「もう2時間!寝かせてよ!!」で 一日が始まりました。
「レコ大の表彰式でしょ!」「○○社長から、オリーブの木が 届いたわよ!」で
「えッ ホント?? 今何時?!」と 飛び起きました!


11時30分スタートの授賞式なのに、もう11時前です。
顔だけ洗って 髪を整えながら、あわてて洋服を選んで
他のもの(サイフやブレスや時計など…)は 紙袋にまとめて放り込んで
苺とリンゴと柿を、お皿から ビニール袋に摘み込んで
あとは道中で!とばかりに 出発しました。
出発したのは良いのですが、TBSさんが近づいて
気がつきました! この洋服で良かったのだろうか? と。
私の信条なんですが、私たち作家は裏方、だから歌い手さんよりも控えめに…
このことだけは、作詩大賞の時であっても 一番たいせつに考えます。
『情熱のマリアッチ』チームが呼ばれた時に 万が一にも
氷川さんより 派手な私服だったら困るなァ~!
冷や汗が、脇からタラタラと流れおちるのを 自分でも感じながら
エレベーターで会場まで 昇ってゆきました。
良かったぁ〜!! お逢いできなくて淋しいですが
今日は氷川さんはお仕事の為、欠席なさるとのことでした。
あわてて着てきてしまった私服のことも、ほッとして 無事に授賞式は終了。
一度、今ちゃんとスケジュールのミーティングを兼ねて
昼食(朝食?)に、家の横のお気に入りけやき坂ベーカリーに戻りました。
そして、午後3時から渋谷へ松川未樹さんのライブの応援に行きました。
来年の5周年に向けて、今まで彼女の作品を書いた作家が 全員集合
その曲のエピソードをマスコミやファンの方たちの前でトークして
彼女が その曲を歌うという…
いかにも 大野佶延社長らしい素敵なライブでした。
佶延社長は、北島三郎御大の弟さんでして
大野ご夫妻には、遠い遠い昔、私が 山本譲二さんの『望郷しぐれ』で
まだ日本作詩大賞を NHKさんが生放送してくださってた頃
譲二さんと一緒にノミネートさせてくださったり、もう想い出せば きりがないほど
家族ぐるみで、私達夫婦は 可愛がっていただいてますし
それに、未樹ちゃんは、将来 “ちあきなおみ”さんのようになれる大きな器
しかもデビュー曲の『おんな浜唄』で第40回日本有線大賞新人賞受を戴いた
ご縁の深い 可愛くてしかたのない歌い手さんです。
どんな事をしても今日は 駆けつけてあげたい!とずっとずっと考え続けていました。
何年ぶりかで やっと逢えましたが、一昨年 私が初めて作詩大賞を戴いた時に
素晴らしい お花を贈ってくれたお礼の気持ちを 目を見て伝えたかったのに、
岡千秋先生との『浪花恋しぐれ』のデュエットを聴いてると、若き日の事を思い出してしまい
泣きそうになって 言い忘れて帰ってしまったのです。
なんせ あの歌のセリフ、故郷岡山の誇りの岡先生の あのセリフが
私の演歌作詩家への夢を でっかく ふくらませてくれたのです!!
でも未樹ちゃん お礼言い忘れてゴメンね! 冷や汗です〜ぅ。


私の同級生 岡先生のお弟子さんで、義母も「未樹ちゃんって実力派だね!」と
デビューした時から、秘かに応援してくれてましたから、今日は 最後の仕事が終わって
青山から ひとりでウォーキングしながら 南麻布の義母のところへ
お土産に戴いた未樹ちゃんの 2012年カレンダーを持って行ってあげました。
そして義母とふたりで、楽しみにしてた 先日の日本有線大賞の続きを観て
只今 帰宅いたしました。またこんな時間! 身体にわるい…冷や汗ジト〜ッです。


テラスで待っててくれたオリーブの木に「いつまでも大切にするから 元気に育ってよ!」と
優しく優しく…語りかけて 水をあげながら見上げてみると
六本木の夜空って とっても星がきれいなことに気がつきました!
今日も一日 感謝感激! で、思わず瞳から 冷や汗ポトリです。
お友達や仲良しの歌い手の皆さん ありがとうございます、おやすみなさい。

追伸:氷川きよしさんのファンの皆さま! 昨夜は本当にありがとうございました。
   また、たくさんのメールを ありがとうございます。感謝しています。一生忘れませんからね。
   それから たくさんの方たちが ご自分のブログにも書いてくださったり
   楽しく読ませていただいてますよ。おひとり おひとりに心から…ありがとうございます!!  
Posted by Reiji Mizuki at 02:38